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三大難戦

私は現在、これまでの自分のキャリアの中で、3本の指に入る難工事に取り組んでいます。これまで、いくつの現場を請負してきたかわかりませんが、決しておおげさな表現ではありません。

難工事で思い出されるのは、1999年の鉄骨3階建て新築工事。3400万円ほどの請負でした。商店街の中で車の出入りが許されるのは朝7時くらいまで。敷地は四方ぎりぎりで(前方ですら商店街のアーケードがあり、余裕なし)、みんなに「こんなんできへんのちゃうか」と言われました。

いざ建ってみると、南どなりの瓦が外壁にこすり、北どなりの屋根と10cmほどのすきましかなく、裏になる東側も正面のアーケードにもそれぞれ10cmぐらいしかあいていない離れ業でした。

ウソのような話ですが、南北の両隣の家とも、こちら側に向かって建物が大きく傾いていたので起こった珍現象です。遣り方(建物の配置を決める作業)をするときに、基礎屋さんに「ほんまに、これでいいな」何度も念を押されました。家が建たなくても自分の責任ではないと、必死に保険をかけていました。

工事中に駐車場として使うために近くの空き地を借りに行ったのですが、あっさり「安すぎる」と断られ、「これだけしかないんです」と土下座をして借りたことを昨日のように思い出します。そんなところからのスタートだったので、僥倖のような成功でした。
ここは「敷地」の苦労でした。予算もなかったけどね。

次に忘れられないのは、2005年の病院の改修工事です。2600万円ほどの請負でした。GWを利用してできるだけ休診日を作らずに改装工事を行う。段取りをつめた上に、約束の引渡し日をすぎたときは、休業補償を支払う約束でした。

工事期間中、約40日間、私は毎日かかりきりでした。その間、5日は雨を読んでいたのですが、実に11日も雨が降り、おかげで非常な難戦になりました。外装も多かったからです。

一番たくさんの職人が動いた日は、一日で33人も使っていました。その日の私は一輪車を押してました。とても総指揮者には見えなかったでしょうね。降りしきる雨の中を一人で足場にのぼり、外壁のタイルを磨いていたこともありました。とにかく必死でした。

ここは「工期」の苦労でした。職人に無理を言い「そこまで言うならもう吉信さんとは付き合えない」と言われたこともあります。言う事を聞いてくれなかったら、刺し違えるぐらいの気持ちでした。その職人さんとは、いまでも仲良くやっていますよ。

現在、1750万円でリフォームの請負をしています。私は数年ぶりで、毎日、朝から夕方まで現場にでています。社員でもこんな私を見たことがあるのはきっしゃんだけだと思います。

ここは、「仕様」と「不確定要素」の戦いです。それは、大工仕事がこまかくて「手間が読めない」というリスクと、母屋が増築を繰り返しているので、めくってみないとわからないという要素が通常のリフォームより格段に高いという意味です。

ジュンは、私がこの戦いで敗北を喫すると読んでいます。まあ、無理もないか。実際に毎日のように「想定外」が訪れます。でも、それを何とかするのがプロなので頑張ります。男は前を向いて頑張るのみ。

これを書いていて、いま一つわかりました。私が自分のキャリアで名づけた「三大難戦」は全て設計事務所様のお仕事。ありがいことですね。私の修行を手伝ってくださる。もちろん、本音ですよ。楽にできる仕事ばかりしても、成長はありませんから。

PS 私はよく現場や仕事を「戦い」と表現していますが、これはもちろん、誰かと敵対関係があるわけではありません。男にとって仕事場は戦場だと思っているからです。

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こんにちは、吉信秀樹です。
そんなわけで月曜日には友人に飲みに誘われたのですが、残念ながら行けませんでした。昼間、外に出ていると夜は少し事務所にいなければなりません。昔は、よく一杯飲んでいい気分になってから、夜中に見積もりを作ったりしていました。最近、楽ができるのは社員のおかげ。毎朝、手を合わせています。
では、またお会いしましょう!

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